【新*もも日記読まないで】

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抗がん剤

Posted by くるみもも on

携帯から

3週間ぶりの診察でした。

同じマイミクさんが院内に勤めています。
院内に入ってすぐ話したマイミクさんです。
涙流しながら話しました。

ちょっと痩せたんじゃなーい?あなたが心配よ~と言われました。
そう、マイミクさんもゆかちゃんのファンの人にも心配かけてしまっています。
1日もあなたが元気にならなきゃねと言ってくれました。


携帯呼び出し機が鳴り、診察室へ向かいました。
主治医にあいさつしたあと、
「先生~支えがなくなりましたぁー」と言ったら
「ど~した~ん」と心配な顔を向けた。
主治医に、同じ骨、リンパ転移した大切なお友達が31才で7月亡くなったこと、3日にはブログで知り合った大切な友達が亡くなったことを話し、富士山からエネルギーあげたくて登ったこと、3日に亡くなったお友達を亡くして支えが無くなったと涙ボロポロで話した(TOT)

「そっかぁ~立て続けに辛いなぁ~。でもね、あなたがお友達の分まで頑張らないといかんよ?生きなきゃね」と。
先生はいつも、患者の話しに患者以上に悲しい顔したり患者以上に喜んだり、いい先生なのです。
優しくて、優しく励ましてくれます。

「先生に話したかったんです(>_<。)」
泣きながら子供みたいに袖で涙を拭いた。

先生は、亡くなったお友達と富士山登ったと思ったみたいなので、毎年一人と話しました。
富士山から私がエネルギーを飛ばすために登ったんだと話しました。
ゆかちゃんのことは、生まれてすぐに坦道閉鎖症になっていたこと、番組や新聞に取り上げられていたことも話しました。

先生は話を聞いてくれ、深刻に受け止めてくれ、お友達の分まで頑張らないとと言ってくれ、話した私は少し落ち着きました。

話は富士山に変わり、先生は9月に、私の誕生日の次の日に登る予定のようでした。
「僕は9月25日に登りに行くよ。雪が降る前だし、人も少ないだろうからね」
「私は富士吉田から7月登りましたがあそこは道が淡々としてて大変でした。やっぱり富士宮からがいいです」
「富士宮ってどこ?」
「静岡県側で御殿場から登ります」
富士山の話しも今回、先生と長く話せました。

さて、今後の治療は、相変わらずですが、私は判断する検査がないです。決定的な検査がないのだそうです。
でも、エコーで診る、あまり当てにはならない腫瘍マーカーもここ毎回摂っています。
エコーしてまたどんなか見てみましょうとなりました。


抗がん剤治療室に行き、ゆかちゃんを気にかけていてくれた看護師さんが声かけてくれたので、一瞬なんて言おうと迷いましたが、移植から今までの話をし、3日に亡くなったこて話したら、目にうっすら涙が。
看護師さんもすごく残念がっていましたが、「彼女、すごく頑張ったと思う~、辛いけど落ち込まないでね」と言ってくださいました。

採血と、腫瘍マーカーを摂り、抗がん剤とハーセプチンとゾメタを点滴でしました。
約1時間30分。

採血の結果は、今回ギリギリの数値だそうでした。
血圧も76。珍しく低い。でも特に体調に気になる感じはありませんでした。

治療が終わり、ゆかちゃんの身代わりぬいぐるみを探しに行きました。
本当はネコちゃんがよかったけどクマさんにし、きゅっと手のひらで包んだり離したりすると、両手が閉じたり開いたり。
まるで踊っているかのよう。
親指で頭をナデナデしました。
これで寂しくなくなるはず。
ずっと一緒…そう言い聞かせました。
すずに狙われないようにしなきゃな。

あ、昨日、すずにゆかちゃん亡くなっちゃったよー、ゆかちゃん分かるよね?
と話しかけたらジーと私を見てゆかちゃんの名前に耳が上がり首かしげていました。
酔いながら号泣した時も、すずが近づいてきて、手をペロペロ舐めてなだめてくれました。
嘘泣きすると知らん顔なすずが、本気の泣きではすずも心配してくれたようです。

少しずつ少しずつ自分を取り戻していきます。
もうぬいぐるみがあるから…また元気になれるはずです。

皆さん、ありがとうございます
もう少し待っててくださいね
皆さんには感謝しています
皆さんやゆかちゃんやゆかママのためにも、負けたらいかん、希望持って、また前向きに生きたいと思います。

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